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2021.07.01 技術革新

知価革命

知価とは文字通り、「知恵の値打ち」「知恵によって創られる価値」である。
本当に大きな知価生産は、物財に含まれているデザイン性やブランド・イメージ、高度な技術、あるいは特定の機能の創出といったことが、物財やサービス価格の中の大きな比重を占める。
次代においては、次々と新しい物財を買い換えるような「使い捨て」型の物財消費よりも、好みのデザインや高級イメージのブランド、高級な技術、特殊な機能のある商品を効果で買い入れ、長く使う消費パターンを持つようになるだろう。

1.文明の始まりと変革

  • 古代を生み出した農業革命

紀元前1500年頃に一大変革が起こる。鉄器の発明により、固い土を掘り起こし、乾いたところに水を引く技術が開発され、農地が拡大した。世の中は徐々に物財の豊かな社会となった。余剰生産物の増加は物財の交換を促し、遠隔地との交流も始まる。

余剰生産物を交換する人々が、注意深くモノを観察する習慣を持った。そこからやがて、事物をありのままに写す写実美術が生まれ、事物のありさまを考える科学する精神が生まれた。同時に、モノに対する関心は、モノを作る土地への関心となり、都市に閉じこもっていた人々が、一転して土地支配を目指して限りない膨張へと進む。

  • 文明衰亡症候群

古代文明が内部崩壊したのは、資源環境の悪化、とりわけ土地の限界とエネルギー不足であった。ローマ帝国や漢帝国が極大化したとき、フロンテイアを失った。森林資源の枯渇によるエネルギー不足は、産業活動に打撃を与えた。金属の生産も煉瓦の焼結も減少し、農機具も貧弱になり、灌漑水路の補修も困難になった。当時の技術では木材の変わるエネルギーを作り出すことは困難であった。

  • 先進地域での人口減少 

限られた資源供給の中で、家族の労働の多寡が生産量に影響しない中で、自分自身がより豊かな物財に恵まれるためには、家族を少なくするのが手っ取り早い。フロンテイアが失われるとともに産児制限が流行する。どうせ子供が老後を養ってくれるわけでもないし、子供がなければ老後の生活を「パンとサーカス」は国家が保証してくれるのだ。社会福祉もまた、人口減少と家族崩壊の手助けをする。

これに対して周辺の後進地域では人口が急増した。先進地域の技術や物財が流入し、後進地域の出生率を高めたが、人口増加に食いつぶされてしまう。出生率の先進地域と低下した先進地域と、人口増加の著しい後進地域の人口との対比が不均衡になり、やがて「人余り」の後進地域から「人不足」の先進地域に人口の大移動が起こるのは当然だ。古代文明にとどめをさす民族大移動となる。

  • 社会変化を見る視点

ヨーロッパの歴史において、中世は、古代文明よりより進歩した時代ではなかった。中世が暗黒時代であったといわれているのは、物財の生産と消費を増大させるという観点からの話だ。彼らは、物財の豊かであった古代社会こそ「神のおわしまさぬ暗黒の時代」であった。中世人の美意識と倫理観、社会規範は、近代人のそれとはまったく違っていた。

 

2.文明の犯人とその現状

  • 文明の犯人―技術・資源そして人口

人間の美意識と倫理観は偶然に起こるもの、宣伝で起きるものでもない。この社会規範を形成するものこそが文明の犯人といえる。

1の犯人が技術である。技術が社会と文明の変化に重要な役割を果たす。文明が高かったから技術も進んだというが、技術が進歩したから、文明が発展した事実がある。特に社会全体を変えるような契機となった「要(かなめ)技術」は偶然の発明発見である。

2の文明の犯人は資源だ。古代文明での森林資源の枯渇が古代文明の衰弱につながったことや、中東における石油の大発見が戦後の石油文明を育てる条件になった。

3の犯人は人口だ。「食えるところで人口が増える」とも、「食えないところで人口は増えない」とも限らない。今では日本や西欧では出生率が低下しているのに、発展途上国では猛烈人口爆発が起こっている。古代末期にも同様なことが起こっている。

  • 先行指標としての美術

これにはもう一つの証拠がある。社会の変化に先立って動きを見せてきた美術の変貌である。原始においては、極度の象徴性を示し、時には象徴的でもあった美術は、古代から急速に写実に向かった。それは人々が事物を事物として観察し、主観を交えずに再現しようとした合理的・即物的精神を先取りしたかに見える。

逆に、古代文明が衰退の兆しを見せると、写実表現は急速に衰え、形式化・象徴化する。中世イスラム美術の抽象文様は、心象的・暗示的な社会の精神の結晶といえる。

また、近代文明の栄えるに先駆けて、15世紀には早くも写実が回復した。レオナルド・ダビンチやミケランジェロが活躍したのは1500年前後である。

美術の写実化は、宗教や科学の変化に専攻し、政治や技術よりも早かった。 これは決して偶然のことではなかった。近代化の根源は、事物をありのままに観察し理解する合理的精神にある。そしてその観察をありのままに描き出そうという気持ちを生み、写実美術が起こる。

こうした研究が科学につながり、ありのままの事物に反する宗教への改革意識ともなる。

ところが、19世紀末から既に写実の衰えが見られる。印象派の画家たちが描き出したのは、客観性よりも主観性、合理性よりも心証性が強い。鋭敏な感性を持つ人々は、脱工業社会的な動きを百年も前から見せ始めていた。

  • 新社会への胎動 

どんな社会でもそれぞれに理念と規範がある。その根底には、それを肯定する美意識と倫理観(価値観)が存在する。 それは、「物財をより多く消費することが格好良い」という美意識と、「この格好良さをより可能にしてやることが正しい」という倫理観とである。

さらにまた、工業社会において正しい事と考えられてきた概念である経済成長、生産性の向上、技術の進歩、勤勉等は、「人々により多くの物財消費を可能にすること」に繋がっている。

戦後の猛烈な世界的経済成長と、それを築き上げた「石油文明」は、いわば頂点とも言うべきものだった。先進工業国の住民たちは、長い間追及してきた美意識を大いに満たせた。

ところが、1980年代に起こりつつある「文明の犯人」達(人口、資源、技術)の変貌は、従来の工業社会で信じられてきた美意識と倫理観との大きな動揺を示している。

世界の人口は、20世紀前半までは、豊かな先進工業国の人口増加率が貧しい発展途上国のそれを上回っていたが、1960年代から、これが逆転している。

資源でも、同様な状況がある。1970年頃からは、石油をはじめとするいくつかの重要な資源の供給限界が意識され、森林資源の減少と土地の砂漠化が驚くべき速度で進行している。

人類は、工業社会が始まって以来二百年目にして、初めて資源と土地の絶対限界を意識せざるを得なくなった。

さらに、科学技術の面でも、技術の進歩の方向は、大型化・大量化・高速化であった。ところが、1980年代に入ると、多様化・情報化・省資源化が主流となっている。

次なる世界を予測するならば、今日ある観察手法や学問体系は役に立たない。現代の経済学、社会学の理論は、産業革命以後に、工業社会を対象として確立されたものだからだ。

その意味で、現在我々が直面している事態と、そう時点を持っていた歴史を探すとなれば、輝かしい物質文明と科学的合理精神を誇った古代文明の崩壊と、それとはまったく違う中世文化の成立に思いをはせるに至る。

3.反物質文化の誕生と特色

  • 物質文明を否定することの進歩

今、我々は社会が一層の進歩を続けていると信じている。だからといって、明日の社会がより高度な工業社会になるとは限らない。それが、今日よりも物財消費量の少ない、合理的精神より遠い社会であったとしても不思議でない。中世人は偉大な進歩の結果、古代よりも物財消費量の少ない不合理な社会を作ったのである。

中世になると、人々は事物を正確に観察しなくなり、自らの心の中に浮かぶ想像や架空の話を重視する。物財的客観性よりも、社会的主観性を重んじる文化精神が満ちている。

高度の科学技術を持ち豊かな物質文明を経験したローマや中東の住民に信仰されるようになったのはなぜか。

それを生んだのは、フロンティアの喪失とエネルギー危機による物的生産の増加に対する絶望感であり、同時に生み出された自由な時間の発した瞑想的思考であろう。モノの豊かさよりも心の救いを求める精神であろう。

  • モノ不足・時間余りの文化 

より多くの自由時間を得て心の豊かさを追求するほうが高貴な生き方だという思想が流行し、古代物質文明の害悪に染まらぬ後進地域の宗教に対する関心をかき立てた。中世の時代特色を一言にして言うならば、「もの不足・時間余り」だ。中世的色彩が濃くなるにつれ、ヨーロッパでも中国でも休日が増え、労働時間は短縮する。

土地と資源が限られている環境の中で、一人が勤勉に働けば、他人の土地や資源を食い尽くす恐れがある。特に中世においては重要な意味を持っていた入会地や森林に入って樹木を伐採されては問題だ。みんなが休んでいるときにせっせと働くのは犯罪でさえあった。

4.起こりつつある変化とは何か

  • ポスト・モダンの意味するもの

近代文明とは違った美意識と倫理観とに基づく文化が、全世界的に、一時的ではなく数百年もの長きにわたり、人類を支配した事実があった。

またそれは、支配者の強制や弾圧で作られたものでなく、多数の人々が、より優れたものとして、一層の幸福と満足を目指して進歩した結果として生まれ、努力して永続したのである。

以上のことは、豊かな物財と高度の科学技術を誇る近代文明を頂点まで発展させた現代人が、より進歩することによって、また、別の美意識と倫理観をもつようになり、近代工業社会とは違った規範を備えた社会に到達する可能性を示唆しているのではないか。

それも、1980年代において始まっている変化にその兆候が感じられる。文明の犯人たち―人口、資源、技術等―が、古代末期または中世初期と、きわめて類似した振る舞いを見せている。

社会の変化を将来する人々の美意識と倫理観の変化が、まず美術の分野に現れる。古代文明の衰退と中世文化の対等は、写実美術の消滅と印象的・抽象的な美意識の表現としてまず現れた。また、中世文化の交代と合理的精神の復活は、15,6世紀における写実美術の興隆としてみることができる。

先進的な分野である美術では、既に1世紀近くも前から、事物を事物として観察し、ありのままに表現する即物的合理主義は廃れてしまっている。

1960年台末にビートルズが、格好良いという社会主観によって、不便で不潔な長髪を一般化した。マリー・クワントが、服飾は働き易さや快適さより、流行という社会的主観によって、ミニスカート、ホットパンツが広まった。

 建築においても、1980年を境として、快適性や利便性を追求したモダニズムが後退し、心象的な表現を重視した造形が始まった。

 こうした文化的傾向は、「ポスト・モダン」と呼ばれる。近代化工業社会の文化の次のものを意味する。 それ以上に注目されるのが、宗教の復活である。若者の間に宗教への関心が高まる現象がある。周辺の後進地域の宗教がローマや中国に広まった古代末期の現象を彷彿とさせる。イランに始まったイスラム原理主義が、近代工業社会の規範に対する発展途上国側からの文化的挑戦の一つともいえるだろう。

  • 資源有限感と人口構造変化の影響

 美術から始まり生活文化や建築に及んだ非合理的な流れ「ポスト・モダン」が生まれた背景として、文明の犯人たちの動きからその根源を考える。

 まず、最初に資源では、資源、環境の状況が実際にどうなっていたかよりも、人々にどう受け取られていたか、つまり人間の「やさしい情知」にどう影響したかである。ヨーロッパの悲観的になり易い人々が、地球上の資源限界を想像しだしたのは、19世紀末であった。新たに占領できるフロンティアがなくなったという事実に、帝国主義的発展の限界を感じた。だが、実際にはまだフロンティアは十分に存在したし、資源供給も増えていた。こうした状況に第二の打撃を与えたのが、1930年代の世界大不況である。アメリカの土地の荒廃やヨーロッパの資源供給コスト上昇などの不均衡が生じ、人々が「自由なる新天地」の消滅を感じた。

 しかし、資源、環境の有限性が広く勝つ深く認識されるようになったのは、世界的高度成長を経た1970年代からであろう。すぐその跡で、一度ならず二度までも起こった石油危機が、資源有限感を定着させる決定打であった。

 環境問題が強い関心を引くにつれ、物財に対する飽和感と、それを裏返しにした「心の豊かさ」や「生活の質」への希求がでてきた。こうした人々の欲求の変化は、物財の供給と消費が増加した結果ばかりではなく、地球の狭さを訴える情報によって植えつけられた「資源有限感」が作用している。世界的な文明変化を考える上で重要なのは、それ時点における現実よりも、全体としての資源、環境が、人間の「やさしい情知」に与えた影響である。

  • 技術革新の効果― 時間過剰 

産業革命以来の工業化社会が追求してきた資源・エネルギー多消費型の技術進歩(大量化、大型化、高速化)は停止し、省力化、多様化、省資源化の方向に進みつつある。ところがそのほとんどは企業用の、つまり供給側の効率化や省力化を示しているに過ぎない。

第一の省力化効果については、銀行窓口業務でもわかるように、ヒトの無駄をなくすことが課題となる。コンピュータ・コミュニケーション技術の発達がもたらす社会の影響は、時間余りの世の中を作る。このことは、人々の生活条件の点ばかりでなく、消費需要の面でも影響を与える。

第二の省資源化も多角的に進んでいる。素材の無駄がなくなったとか、構造計算が厳格にできるようになったことだけではなく、部品や製品の管理を徹底させるようになった結果、生産流通過程の見えざる在庫も削減され、それに伴う倉庫や輸送量も縮小し、伝票や資料の紙類も不要になった。

第三の多様化コストの低減は、より顕著であり重要だ。コンピュータの発達によって、一つの生産ラインでも多様な商品が比較的容易に生産できるようになった。つまり、消費者欲求と技術進歩との拡大循環が出来上がった。

 

  • 多様化の意味と影響  

これまでの経済常識では規模の利益こそ不易の心理と考えられていたのだから、まさに経済常識の大逆転といえる現象である。十年前までの経済常識では規模の利益こそ不易の心理と考えられていた。その物財の数量という客観的な価値よりも、「自分の好みに合った」という主観的な値打ちを重視するようになった。

規模の利益が追求された工業社会においては、大企業は有利性と安定性の双方をもっていたが、しかし、これからは、大企業は多種類を造ることで、どれかがあたる可能性は高いが、ヒット商品の規模が小さいので成長は難しくなる。逆に意欲的な中小企業は、時として大成長するが安定性は乏しい。安定性と成長性をともに備えることは至って難しい。

  • モノ不足・知恵余りの社会へ

「豊富なものをたくさん使うことは格好がよい」と考える人間の「やさしい情知」がいつの時代でも働いてきた。 

そう考えれば、次なる時代の概要も明らかになる。次なる社会は豊富な時間と豊富な知恵を多消費する反面、物財の量的増大への関心が薄れる。時代の人々は、豊富な時間を使って、豊富な時間を受けて、社会的主観の変化と多様性の中で変転甚だしい選択を繰り返す。

次代の人々は、使用価値よりも、自らが帰属すると信じる集団の社会的主観に合致したものには惜しみなく対価を払う。ここに新しい価値、つまり知価が大量に発生する。

  • 知価はどこにも入り込む

知価とは文字通り、「知恵の値打ち」「知恵によって創られる価値」である。厳密に定義すると、「社会の仕組みや社会主観に適合することによって社会的に認められる創造的な知恵の値打ち」となる。

本当に大きな知価生産は、形のある物財や従来からあるサービスに化体した形で行われ、それらとともに流通する。つまり、物財に含まれているデザイン性やブランド・イメージ、高度な技術、あるいは特定の機能の創出といったことが、物財やサービス価格の中の大きな比重を占めるようになる。

次代においては、次々と新しい物財を買い換えるような「使い捨て」型の物財消費よりも、好みのデザインや高級イメージのブランド、高級な技術、特殊な機能のある商品を効果で買い入れ、長く使う消費パターンを持つようになるだろう。したがって単純な意味でモノ離れを意味しない。

高級ブランドのファッションや高級技術機器になると、同種の商品の四、五倍も高いという例は珍しくない。同じだけの素材と単純加工費を使いながら数倍の値段で売れるというのは、それだけ(価格の八割程度)の知価が認められている。今後はそのような商品が増えるだろう。

 

堺屋太一著「知価革命」

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